過去3年間における資料調査の結果を踏まえてその知見を論文にまとめることに本年は力を注いだ。 まず、20世紀前半までの米国における太平洋像、太平洋地域概念の内実を表すものとして、太平洋戦争にまつわる日米の記憶の問題をとりあげ、日本人が想像している以上に米国における太平洋地域像が地球的な広がりを持つものであることを英文論文"Memory Divided by More Than an Ocean"で検討した。この論文はアメリカ太平洋地域研究センターの研究紀要に発表した。一般に日本人が米国と日本とが「太平洋を挟んだ隣国である」と思いがちなのに対し、米国人は米国と日本は「太平洋を挟む隣国の一つである」としか思わない、その認識のずれを地理概念の相異にまで遡ってこの論文は検討している。 日米両国における太平洋地域に対する空間把握の違いを19世紀後半の両国の海洋像に遡って考察することが本研究の目的の一つであった。その意味で、日本の諸植民地文学に記された南洋や台湾の様子、あるいは、明治期の日本で出版された大衆小説に描かれた太平洋像と対照しながら、日米の太平洋に寄せた期待の変容を比較検討する論文「19世紀日米における太平洋像」の執筆に取り掛かったのは、最終年度に相応しい成果である。すでに原稿は出版のための審査にかけられている。20世紀の初頭に太平洋国家としての自覚を持ち始めた米国においては、歴史家らが民族や文化の混交の地として太平洋全体を捉えていた可能性も見出され、今後は、20世紀初頭以降の日米両国と太平洋地域の実際の交流からどのような海洋地域像がそれぞれの国で創造されていったのか調査を深める必要性が生まれている。 このほか、日本における捕鯨の歴史と海洋との関わりを調べるために3月には紀州太地へ出張を行い、また『植民地文学精選集』やコンピューター備品を購入して論文執筆に役立てた。
|