平成14年度の主要な研究成果は、昨年度来実施してきた関係資料の収集・検討、及びモスクワの文書館での未公刊資料の収集・分析作業に基づいて、スターリン体制下の消費状況への市民の態度やその生き残り戦略を解明し、それを学会報告及び論文の形で公表したことである。(1)「スターリン体制下の消費と社会的アイデンティティ」(2002年度歴史学研究会大会報告。論文としても公表)では、1920年代末から30年代初頭に実施された急進的工業化と農業集団化が引き起こした食料危機と、危機状況下で体制が作り上げた差別的消費物資配分システム=「消費ヒエラルヒー」に対する市民の大衆的抗議行動や当局への異議申し立ての動きを明らかにするとともに、その動きが弾圧された後、システムに寄生する形で築き上げられた市民のサバイバル戦略(配給帳の偽造、物資の着服など)についても解明した。(2)「スターリン体制下のコミュニティ活動」(2002年度ロシア史研究会大会報告。論文は近刊)では、昨年度のアーカイヴ調査で発見し、今年度も引き続き分析を進めた資料に基づいて、モスクワ市キエフ地区の住民組織に基礎をおく自主運営食堂事業の実態を解明した。この作業により、同じ地域に住まうという住民の共同性の存在と、食料事情の改善を共同で試みる下からの公共性構築イニシアチブの手がかりが得られた。 その他、14年度にもロシアの文書館での資料収集・分析作業を実施し、1930年代の国民世論や体制の政策への評価を探った。その作業の過程で、モスクワ教育大学の学生4人が書き残したコレクティブ・ダイアリーを発見したが、その分析から、アトム化テーゼで把握されることの多いスターリン体制の下に存在した濃密な友人関係の世界を解明する手がかりを得ることができた。その成果は、ロシアのカザン市に本拠地をおく雑誌Ab Imperioに、英語論文として公表された。
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