今年度はまず、これまでで収集した史料に関して、可能な限り体系的な整理と分析を進めた。今日、文学史においてすら殆ど名前の挙がることのない当時の「流行作家」について、同時代の芸術家名鑑等を参照しながら、その伝記的データを明らかにすると同時に、作家ごとに、匿名で発表された作品をも含めた、詳細なビブリオグラフィーの作成に努めた。また、新聞とほぼ同レベルの「日常的メディア」として流通していたBroschureが、実際の都市社会の中でいかなる社会文化的機能を担ったのかという問題に、さらに一歩接近する目的で、これまで把握した作品をテーマごとに分類し、作家と読者の関心を読み取るためのデータ・ベースとすることをも試みている。 さらに、今年度の現地調査では、オーストリア国立図書館での一次史料検索、マイクロ複写のほか、調査対象を古書店にも拡大し、図書館・文書館が網羅しない一次文献、史料集、さらには、1960年代から70年代にかけて出版された貴重な先行研究の入手を試みた。また、昨年度に引き続き、オーストリア学術アカデミーにおける「オーストリアの十八世紀」プロジェクトに参加する研究者たちとの情報交換を行い、最新の研究動向の把握にも努めた。 なお、研究成果をまとめるに当たって、今年度はとりわけ、当時の文芸を考察する際に極めて重要な前提となる、ヨーゼフ2世期の社会文化的環境を明らかにする作業に専念した。美学的・芸術的創作というよりは、むしろ、都市の日常世界との密接な関連の中に執筆活働を営んだ作家とその作品の本質に迫るためには、啓蒙専制下のウィーンが置かれた、極めて特殊な社会的状況を全体として把握しておくことが必須の課題と考えたからである。
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