最終年度に当たる平成15年度は、オーストリアにおける過去2年間の史料調査によって収集した原史料、および研究文献の整理および分析を中心に作業を進めた。とりわけ、ヨーゼフ2世による検閲緩和・出版自由化によってもたらされた、約10年間にわたるパンフレット・ブームのプロセスの中で、このメディアが担った社会的機能の変遷、作家のスタンスの変化などを、これらの史料、および、これまで整理してきた作家・出版業者に関するデータの中から読み取っていくことが、本年度の研究の中心的課題となった。 1781年、新検閲法公布直後に巻き起こった出版好況においては、出版業者、作家、読者、すべてが、いわばヨーゼフ2世の新政策に心酔し、出版界は一種の多幸的雰囲気に包まれていた。しかし、このとき、ヨーゼフの改革、とりわけその教会政策を一面的に支持し、広く宣伝する役割を担ったパンフレットは、その後、オーストリア啓蒙期末期の様々な政治的・社会的背景の中で、やがて、啓蒙専制主義そのものの矛盾を衝くような、体制批判的文書へと、ゆっくりと変質していった。本研究では、パンフレットのこのような質的変化を通じて、実際、ウィーンの都市社会において「受容」されていた「啓蒙」の現実の姿、あるいは、検閲官としてつねに文芸の問題に関わり続けた国家官僚など上層知識人および、実際にブームを支えた作家グループの社会的位置価値を浮き彫りにしようと試みた。 なお、「改革政府の宣伝メディア」から、体制そのものを疑問視し、風刺する文書への変遷過程に関しては、論文「ウィーンとベルリン-啓蒙をめぐる論争」(項目11参照)において詳しく考察した。 文芸をめぐる社会的背景、さらに、パンフレットの発展過程の諸局面に関しては、のちに、研究成果報告書において詳述する。
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