2年間にわたる現地調査において、主要なパンフレット作品、さらには、作家および出版業者の出自と社会環境、当時の文芸界の実情を記述した様々な史料(公刊日記、書簡集、旅行記等)を収集した。 これらの史料を分析することにより、まず、パンフレットの成立・流通をもたらした、ヨーゼフ2世期の社会文化的背景を解明しようと試みた。交付期間前半における研究活動では、作家・出版業者を含めた首都知識人の交際の在り方、社会的ネットワーク、フリーメーソン・ロージュの具体的活動など、これまでほとんど注目されてこなかった啓蒙期ウィーンの日常史的側面に、ミクロな視点から接近することができた。 次に、個々のパンフレット作品の内容を分析し、これを、その社会的反響、作者の政治的スタンス等と関連させる作業を通じて、従来、一面的に「啓蒙専制的改革政治のプロパガンダ」とされてきたこの印刷物が、実際には、18世紀末ハプスブルク帝国の複雑な社会状況の中で、ゆっくりと、だが確実に、啓蒙専制主義そのものの矛盾を衝くような、体制批判的文書へと変質したプロセスを検証し得た。こうした「質的変化」は、まさに、ウィーンの都市社会における「啓蒙主義」概念の受容形態と同時に、出版ブームを支えた知識階層(作家、出版業者、読者としての官僚グループ等)の、社会的・政治的位置価値の変容を反映するものにほかならない。 3年間の研究で得られたこれらの新しい知見をもとに、今後、引き続きパンフレットを史料として利用しながら、18世紀ウィーンの精神性の本質を明らかにする一方、研究の視野を広角化して、啓蒙期からフランス革命・ナポレオン戦争を経てビーダーマイヤーへと至る、ウィーン社会文化史の底流に理論的枠組みを与えるための一手段としたい。
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