研究概要 |
イタリア古代都市における城壁の総合的研究というテーマに基づき,過去3ヵ年行ってきた研究成果の総括を行うと同時に,本年度の研究課題として,以下の内容に即して研究を進めた。 1)ポンペイ城壁の最終段階は,城壁が防御機能を喪失していく時期であるが,その機能喪失の明確な兆候として,城壁外部沿いの空間に廃棄物が投棄されるという事象が挙げられる。その廃棄物の投棄開始時期を特定するため,今年度は主として過去に古代学研究所が発掘したポンペイ北辺部の城壁外側直下部分から出土した廃棄物堆積層の内容分析を行った。従来は西暦62年に生じた地震被害の残骸を処理するために,城壁外部の空間を利用して廃棄物が投棄されたと言われてきたが,廃棄物の組成からはむしろ日常生活の過程で生じる廃棄物であることが明らかになった。またその開始時期に関しては,この廃棄物堆積層が少なくとも4層に分層され,その最下層の出土遺物の帰属年代は少なくとも帝政開始期(紀元前1世紀末〜後1世紀初頭)に遡ることが判明した。これらのことから廃棄物が捨てられた原因およびその廃棄開始の年代については,通説の再検討が必要とされることとなった。その開始年代を帝政初期と見るならばやはりアウグストゥスによる『ローマの平和』の到来と城壁機能の喪失が関連しているといえよう。 2)この古代学研究所発掘地区付近には,通称『カプア門』と呼ばれる城門が所在していたとされてきたが,発掘調査の結果,この場所にはそのような城門が,少なくとも19世紀初頭以来伝承されてきた位置には所在しないことが判明した。そこで19世紀の発掘調査に遡り考究し,その当時書かれた文献や地図資料等から,このような誤認が生じた原因を考究した。そしてその結果,門があるらしいという漠然とした情報が,19世紀のポンペイ研究進展の中でいかに確実な事象として定着していったかの過程を明らかにした。
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