2002年度、本研究課題においては、研究実施計画通り、エクアドル南部高地に位置するインカ国家の行政センター、ミラドール・デ・ムユプンゴ遺跡の発掘調査によって得られたデータ整理・分析、ならびにムユプンゴ遺跡を周辺域のコンテクストに位置付けるための一般調査およびそのデータ整理・分析が実施された。 まず特筆されることは、ムユプンゴ西方に広がるアンデス西斜面においてなされた一般調査により、2001年と同様に、多くのインカ道・聖なる水場(Bano delInca)・インカ国家の畑、少なくとも5千基以上にも及ぶ墓など、多様なインカ国家の施設が確認されたことである。同地域において、これまで想定されていなかった膨大なインカ国家の施設が確認されたことにより、同国家が、全アンデス地域において必要不可欠の儀礼品、スポンディルス貝の採取が可能な地域の直接的支配・統合に向けた基盤を整えた状態にあったことが明らかとなったといってよい。また、確認された諸遺跡の中で、ムユプンゴ遺跡は最も規模が大きいこと、またインカ国家の中心地の一つであるトメバンバームユプンゴ間の一般調査において、二地域間を繋ぐルートが浮かび上がりつつあることなどから、ムユプンゴは、インカ国家による海岸域支配・統合をめぐる中心的役割を果たす施設であったことも再確認された。 しかし、ムユプンゴ遺跡出土の遺物・遺構から得られたデータは、遺跡の人工的破壊を伴い、建設途上で放棄された状態を示している。これに、一般調査によって確認された膨大な数に及ぶインカ期の墓の存在を組み合わせると、同国家と地方社会との間で、海岸域の支配・統合をめぐり、極めて大規模な闘争が生じたものと考えられる。 今後、新たに確認された多様なインカ国家の施設の調査・研究を進め、同国家によるエクアドル海岸部の支配・統合をめぐる具体的な諸状況を実証的に解明していく必要がある。
|