従来、平安時代後半期以降の古訓点資料は前代の訓点を忠実に写すこと(移点)によって前代の言語を伝えていると言われてきたが、本研究では、必ずしもそうではなく、平安時代後半期の訓点資料であっても、前代の訓点を忠実に写したものとは限らず、訓点の転写に当っては同時代的要素の混入もしばしばあったことを明らかにしようとした。このために3年間にわたり、研究調査のための旅行を実施し、そのような可能性のある資料を博捜した。その上でマイクロ写真の焼付を行い、データを収集した。その結果、次のようなことが明らかになった。 1 因明関係の訓点資料には平安時代の前半期の訓点を忠実に写したものと、それを意図的に改変した箇所を含むものが現存すること。後者では前者の訓点の誤りを訂正しようという意図の下に改変が行われているらしいこと。 2 1に挙げた2種類の訓点を比較すれば、平安時代前半期の訓点を伝承の過程で改変した箇所が明らかになり、前述の同時代的要素が何であるか、具体的に指摘できること。 3 因明関係以外では、大日経疏の訓点にも平安時代前半期の言語の要素を残した箇所があって、その検討を通じて、ある程度訓点の改変の様相が知られること。 そして特に2の観点から因明論疏古写本の原本調査によってデータを採取して整理を行い、個々の箇所についてなぜそのような訓点の改変が行われたのか、仏典の訓法の時代的変遷を念頭に置きながら検討を加えた。
|