本研究の主たる目的は、『万葉集』の新たな注釈の完成を目指すところにあった。これまでの『万葉集』の研究は、厳密な訓詁にもとづく本文批判やそれに依拠する訓みの確定が大きな成果をあげてきたが、そうしたいわば伝統的な方法に、表現論と称する新たな視点を取り入れ、従来のものとは違う斬新な注釈を作成することが、ここでの最終目標となる。当初は、研究計画の三年間で全巻の完成を目指す予定であったが、結果的には巻9までの注釈を完成することにとどまった。しかしながら、膨大な研究史の蓄積をもつ『万葉集』の全訳注を三年間で完成することは大きな無理があり、これを巻9まで完成させえたことは、実績として誇ってよいことだと考えている。とりあえずは、その一部を報告書として提出し、残りの完成をできるだけすみやかに果たしたいと考えている。データベース化が将来可能となるように、訳注はすべてパソコン上で、テキスト形式によって作成した。いずれ、ホームページ上でも公開が可能になるよう配慮したい。 古代の表現論理に立脚した新たな解釈を呈示することに意を用いたが、さまざまな点でこれまでの解釈を修正するような成果をあげることができたと自負している。とくに歌ことばの解説にあたっては、語誌的な記述を充実させ、それによって大きな特色が出せたと思っている。 なお、注釈をすすめる中で得られた知見の一部を多くの論文として発表し、また中国、韓国の学会においてもその成果の口頭発表を行った。放送大学用の教材『上代の日本文学』を編集・刊行したが、本研究の成果を充分に取り入れることができた。
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