本研究の目的は、明治期女性作家における国民化の様相を、その文章表現から探ることにある。これは、意識化された文章内容ではなく、むしろ無意識になされる文章表現にこそ、内面化された国民としての意識が表出されるであろうという想定のもとになされた問題設定である。よって、今年度は、女性にどのような文章が要求されたのか、という点を概観するため、主に女性用文章、すなわち女性のための作文手引き書、ならびにその類書として、女性用の手紙文手引き書に見られる文章規範を収集した。 その結果、とくに各手引き書の凡例・序文等に顕著であるように、女性に要求される文章は、日本の伝統的文体、言い換えれば大和言葉であり、それらは「優美」「優柔」「従順」「温和」といった価値観とともに文脈の上で関連づけられていることが確認された。そして、そのような文体・文章が、結果としてその内容、すなわち思想の優美さ、温順さを保証するものとされる。文体・文章が、その思想の女性性を編制し、構成するのである。このような方向性は、同時期になされた日本古典の再発見の視線と価値観において一致している。そして、それらは女性を日本の伝統文化、伝統的価値観と関連づけ、女性あるいは女性性が日本の伝統の表象として現れることを導いている。 また、個別の作家において、その国民化の様相がどのように現れるのかを検証するために、中島湘烟ならびに樋口一葉の日記を分析中である。これは、前述したように、無意識にあらわれる部分にこそ国民という意識の内面化が見られるという想定のもと、私的領域に属すると思われる文章表現を重視したためである。
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