本年度は前年度から継続している能楽雑誌の地方欄調査と新たに地方新聞の関連記事調査を行った。能楽雑誌については、前年度に『能楽』の復刻版を全巻購入、その調査を開始するとともに、本年度にかけて『能楽画報』の目次の複写作業を行っている。さらに本年度には『謡曲界』の大正年間分が不揃いながら購入できた。地方能楽の状況を東京でどう把握していたかが、資料的に解明できつつある。この資料収集は来年度以降も充実させてゆきたい。新聞記事に関しては、地元の北国新聞を中心に、昭和期に重点を置いた資料の収集を続けている。この作業はたんに番組の補充や能楽師の伝記的解明だけでなく、地方都市金沢のイメージ形成の過程をたどる上でも必要であり、全国的な傾向の把握を今後加えて、分析を進めるつもりである。これらの資料収集や調査を踏まえて、本年度もいくつかの論文や資料紹介を行った。具体的な成果をここで逐一数え上げることはしないが、この研究のキーワード「加賀宝生」の語の使用は、藩末期の隆盛を回顧して明治中期頃に行われるのが、文献上の早い例であると分かったこと、また昭和の戦後間もない頃に金沢市の記念文化財に指定される際に、その定義に関する当時の公式見解が示されていて、市の指定理由書が再発見できたこと、などが収穫となった。さらに「明治の能楽復興とその地方展開」と題する論文では、金沢能楽会の設立趣意書を読み解いて、その原態を推定した上で、発起人の顔ぶれから社会的背景を探り、趣意書の文体に見る金沢の事情と全国的な趨勢を浮かび上がらせた。
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