前年度から引き続き、能楽雑誌の地方欄の調査と地方新聞の関連記事の発掘を行い、新たに『能楽思潮』を入手して、昭和の戦後期資料の分析が容易になった。また地元紙の記事を整理して、「空から謡が降る街」のいわれとその変遷を明らかにした。能楽協会会員名簿を基に都道府県別の在住会員を比べると、人口比で石川県は全国2位に位置し、しかも三役が揃い、由緒ある舞台や装束が伝存することからして、現在も能楽の盛んな地域といってよいことが確認できた。しかし少子化・高齢化の影響も否定できず、伝統の継承という点では、「加賀宝生子ども塾」の試みにも注目している。一方、明治中期の能楽史料として、『金沢開始三百年祭記事』『旧藩祖三百年祭記事』を紹介し、その価値を見定めることも行った。それぞれの祝典の余興に能楽が催されたことは従来も知られていたが、とくに前者については、番組の所在が他に見あたらず、この『記事』によって初めて演者・演目が明らかになった。前年度に解明した能楽復興期における新興富裕層の動向がさらに具体的に迫跡できる資料である。後者については、番組自体は既知のものであるが、催しの詳細・全容が把握できたことで、日清戦争前後から高揚する「特粋」意識や移住した今様能狂言の来演など、近代能楽史の重要事項をこの行事にも確認し得ることが分かった。新聞・雑誌の記事に限らず、この種の行事記録の調査・収集が必要であり、かつ近代能楽史を照らす光源として有効であることが知られたのは、本研究にとって大きな収穫であった。
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