近世初期に出版された古活字版『源氏物語』については、川瀬一馬『古活字版之研究』(増補版)等によって、従来、十行本、伝嵯峨本、元和九年刊本、寛永頃刊本(2種)の、計4本5種の伝本の存在が報告されていた。 その後、昭和47年、反町茂雄『弘文荘古活字版目録』に報告された、久邇宮家旧蔵の古活字版はそのいずれにも属さない一本であり、新たな古活字版『源氏物語』の出現であった。 また、九州大学文学部に蔵する古活字版『源氏物語』は、反町氏紹介の新出本に酷似しており、『古活字版目録』所掲の一葉による限り、同版の可能性が濃厚であった。 しかるに、学習院大学文学部に蔵される久邇宮家旧蔵本の写真版によって精査を試みたところ、両者は明らかに異植字版の関係にある、別種の古活字版であることが判明した。 本研究は、その新出異本たる九大本を中心に、全古活字版および近世初期に出版された整版『源氏物語』(無刊記整版本、版本萬水一露、承応絵入り版本、首書源氏物語、湖月抄)の本文を相互に比較し、版本『源氏物語』の本文の流動性を探ろうとするものであるが、初年度は、古活字版『源氏物語』各種の写真版を入手し、各種整版本をも併せた校本作成に着手した。 本年度(第2年度)は、昨年度作成の桐壷、帚木、空蝉、夕顔、若紫、末摘花、紅葉賀、花宴、常夏、野分の10帖に加え、須磨〜玉髪について校本を作成し、昨年度に引き続き、版本『源氏物語』本文の性格と分類についての見通しを得ることが出来た。 すなわち、考察の中心に据えた九州大学蔵古活字版は、古活字版『源氏物語』の中で、元和九年本、寛永頃刊本と、使用活字、表記等において密接な関係を持つ本文で、その流れは、無刊記整版本、版本萬水一露(寛文3年刊)の本文とも関係を有し、同じ青表紙本系統に属しながらも、十行本、伝嵯峨本とは出自を異にするものであることが判明した。
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