近世初期に出版された古活字版『源氏物語』については、川瀬一馬『古活字版之研究』(増補版)等によって、従来、十行本、伝嵯峨本、元和九年刊本、寛永頃刊本(2種)の、計4本5種の伝本の存在が報告されていた。 その後、昭和47年、反町茂雄『弘文荘古活字版目録』に報告された、久邇宮家旧蔵の古活字版はそのいずれにも属さない一本であり、新たな古活字版『源氏物語』の出現であった。 九州大学文学部に蔵する古活字版『源氏物語』は、反町氏紹介の新出本に酷似しており、『弘文荘古活字版目録』所掲の一葉による限り、同版の可能性が濃厚に思われた。 しかるに、学習院大学文学部に蔵される久邇宮家旧蔵本の写真版によって精査を試みたところ、久邇宮家本54巻のうち、7巻は九大本と同版、12巻は異植字版、残りの35巻は同版と異植字版との入り交じった巻であることが判明した。また、久邇宮家本全体で九大本との異植字版の丁数は597丁(全丁の約30%)にのぼり、両者の間には浅からぬ関係が想定されると同時に、その関係は単純なものではなく、微妙な問題が含まれていることが確認された。 他方、従来、異植字版としての認定はなされていたものの、具体的な調査はなされていなかった、大東急記念文庫蔵寛永頃古活字異植字版の全丁を精査したところ、その異植字版のなかに相当数の久邇宮家本異植字版と一致する版面が見出された。 以上の結果を踏まえると、古活字版『源氏物語』には、単に九大本、寛永頃刊本にそれぞれ異植字版が存在するだけではなく、その二つの異植字版の間にも関連があるということになり、このことは、古活字版『源氏物語』の個々の出版活動が、かなりの範囲、時期において連動して行われていたことを窺わせる現象ではないか、と認識するにいたった。
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