本研究は、川瀬一馬『古活字版之研究』(増補版)における古活字版『現時物語』の成果を踏まえ、その後に新たに出現した2点の古活字版『現時物語』を取り上げ、江戸時代における版本『源氏物語』本文の形成過程の追求を試みた。 古活字版『源氏物語』は川瀬氏等の研究によって、従来、慶長初期刊本、伝嵯峨本、元和九年刊本、寛永中刊本、同異植字版の5種が知られていたが、昭和40年代後半に相次いで2点の新出本が出現した。九州大学文学部蔵本と久邇宮家旧蔵本とである。 久邇宮家本は反町茂雄氏によって紹介された当初、九大本と酷似もしくは同一かと思われる写真版一葉のみの提示であったが、その後、全丁の写真版が学習院大学文学部に蔵されていることがわかった。その写真を得て九大・久邇宮両本の精密な比較検討を行ったところ、九大本に即していえば全2000余丁のうち600丁が久邇宮本と同版であるという結果を得、従ってこの両者が密接の関連する制作であったらしいこと、が判明した。 のみならず、久邇宮家本における九大本と一致しない残りの約七割の丁は、ことごとく寛永中異植字版と一致することも調査の結果判明した。この事実を単純に解釈すれば、久邇宮家本は、寛永異植字版を基にし、その足らざる部分を九大本と同版で補って出来た本、ということになる。古活字による出版活動においてこのような事があり得るのかについては、さらに慎重に検証しなければならない。 なお、本研究においては研究の基礎として整版本をも併せた版本源氏物語の本文総覧を作成した。研究成果報告書にはその一部を併載した。
|