3年計画の2年目に当たる今年度は、散逸物語研究の環境整備のために、前年度に引き続き、散逸物語の目録のデータ入力を行う一方、散逸物語研究文献リストの作成にも取りかかった。 具体的な研究成果としては、前年度に印刷中であった2本の論文(内容については前年度の報告書を参照)が刊行されたほか、1本が刊行され、いま1本も校了となっている。『とりかへばや物語』についての英文の論文では、新旧両本に登場し、なおかつ『無名草子』において正反対の人物評価が下される「右大臣の四の君」に注目し、古本独自の四の君が世を恨んで「近江の浮橋」に籠る設定が、今本のクライマックス、女中納言の「宇治」幽閉の先蹤となっているのではないかと推測した。また、従来場所不明とされてきた「浮橋」も、ほぼ「田上(たなかみ)」あたりに比定できることを考証し、その土地のイメージ形成には源俊頼の歌が関与している可能性をも示唆した。散逸物語『ひとりごと』についての論文では、この物語が『源氏物語』の六条御息所と秋好中宮母子に倣った人物設定であることを、従来の研究を追認するかたちでより精密に対比してみる一方、『ひとりごと』の按察大納言女と斎宮女御母子の人物像には、六条御息所と秋好中宮母子のモデルでもある、歴史上の徽子女王と規子内親王母子の面影が色濃く宿っていることをも指摘した。 なお、研究課題の「<新しい物語史>の情想」についても、熊本大学文学部での集中講義にあわせて、初期の物語からお伽草子にいたる物語のながれに散逸物語を組み込む作業を試み、それを講義資料としてまとめてみた(B5版60ページ)。講義時間の制約もあり、もとより不十分なものではあるが、これを叩き台としてより充実した資料へと練り上げてゆくことも、今後の研究への備えとして重要であろう。
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