研究概要 |
次の2点から研究を進めた。 (1)既存の資料を再調査して当該期の平家享受史を整理し、従来言われていた琵琶法師の役割、及び当道座と平家を語る琵琶法師との位置関係について、再検討すること。 (2)延慶本の応永書写時における本文改編・混態等の実態を解明すること。 (1)については、既存資料の再検討と、享受史料の整理作業を行った。まだ未整理だが、途中経過を報告書に記したい。 (2)については、応永書写時の覚一本的本文の混態の実態を明らかにする作業を継続した(「頼政説話」、巻一・四の細かい表現)。作業の中では、覚一本的本文に依らず、おそらく書写者自身の意志で本文を書き替えている実態も明らかになってきた(巻一の表現)。『平家物語』書写にとって、延慶本においてさえも、異本は既に大きな素材として存在する。その点をまず明らかにしえた。限定された巻にせよ、異本の選択と混態という実態は、「書写」という作業が、実に柔軟な--学問的営為としての本文校合ではない、という意味で--「読む」作業の一環でもあり、享受と生成の一体化した様態を示している。更には、延慶書写以降、応永書写までの間に、他資料を導入している可能性も見受けられる(「高野巻」相当箇所)。この部分は、従来は延慶書写(1,310年)以前の増補とされてきた。この可能性は、『平家物語』の本文研究に新しい視角を提供する。まさしく、応永年間を含む十四・五世紀という時代が、『平家物語』の本文の書写活動にとっても、生成と享受という両方面から見ても瑞々しい流動の時代であったことが延慶本の中で証明される見通しがついた。 (2)は一異本の書写状況という限定された環境に留まり、(1)の成果と統合することによって、初めて室町時代の『平家物語』が社会文化環境の推移と共に流動していったことが明かされることになると思うが、残念ながら、今回の研究ではそこまで至らず、継続した研究の必要性を、今後の更なる課題として残すこととなった。
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