14〜15世紀は『平家物語』が人々の中に浸透し、様々なメディアの中で享受され、享受されることによって変貌を遂げた時代であった。享受と生成という視点から『平家物語』の分析をするために、次の二点から研究を進めた。 (1)既存の資料を再調査して当該期の平家享受史を整理し、従来言われていた琵琶法師の役割、及び当道座と平家を語る琵琶法師との位置関係について、再検討すること。 (2)『平家物語』享受の環として、当時の『平家物語』書写の経緯を明らかにすること。 (1)については、既存資料の再検討と、享受史料の整理作業を行った。未整理で公開に至らない。 (2)については、現在、平家物語諸本の中で最も古態性を多く留めていると考えられている延慶本(延慶年間<1309〜10>に書写された本を応永年間<1419〜20>に再度書写した本)について、応永書写時における覚一本的本文の混態の実態を明らかにした。覚一本的本文に依らず、書写者自身の意志で本文を書き替えていると思われる痕跡も指摘し得た。更には、延慶書写以降、応永書写までの間に、他資料を導入している可能性も見受けられる。 『平家物語』書写にとって、延慶本(応永書写本)においてさえも、異本は既に大きな素材として存在する。延慶本も、他の諸本と同様の再編途上の一異本にすぎない。異本の選択と混態という実態は、「書写」という作業が、柔軟な「読む」作業の環でもあり、享受と生成が一体化していることを示している。十四・五世紀は、『平家物語』の書写活動にとっても、生成と享受という両方面から見ても瑞々しい流動の時代であることが、延慶本によって証明できる見通しがついた。 (2)は異本の書写状況という限定された環境に留まり、(1)の成果と統合することによって、初めて室町時代の『平家物語』が社会文化環境の推移と共に流動していったことが明かされることになる。今回の研究ではそこまで至らず、継続した研究の必要性を、今後の課題として残すこととなった。
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