本年度は、『常陸国風土記』を中心に以下2点について研究した。 1『常陸国風土記』の文章の分析 その美文的部分・非美文的部分の特徴を明確にし、漢文としての誤用の出現、不完全な対句の使用などから、『常陸国風土記』の多重性を明らかにした。具体的には「所有」「者」などの用法から、律令用語をも熟知した中央から派遣された官人の手になる部分と、在地の郡司クラスの手になると考えられる和習的部分の存在を指摘した。前者は会話文末に置かれる「者」が特徴的であり、これは詔勅などになじんだ中央から派遣された官人の筆になる可能性が高いことを指摘した。後者については、<土地+所+動詞+産物>という構文に着目し、この漢文の語法に外れた表現が、『常陸国風土記』と常陸国那賀郡から提出された木簡に共通することを発見し、この構文が、郡司クラスになじんだものであり、『常陸国風土記』にも各郡から提出された一次資料が生の形で残存していることを指摘した。以上の成果は「常陸国風土記の文字表現(二)-『者』と『所有』の用法から-」『清心語文』第四号(ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会)に発表した。 2『常陸国風土記』に影響を与えた六朝から初唐にかけての漢籍・仏典について 『常陸国風土記』中、最も六朝美文への傾斜が顕著な部分、「童子女松原」について、その表現の源泉となった漢籍・仏典を可能な限り明確にする調査を行い、『芸文類聚』『文選』をはじめこの時代愛読された〓信・王勃の表現を参照したことを明らかにした。この成果は、「常陸国風土記の文字表現(三)-美文への志向-」『上智大学国文学科紀要』二〇号に発表した。
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