研究概要 |
日本近代文学館所蔵の中里介山文庫約10,000点すべての書誌データ入力の作業を終え、文庫の全貌を明らかにすることができた。この調査の結果、本文庫から江戸後期の合巻、博物誌や医学書、名所図会、武術指南書などが多く発見されたが、予想以上に多かったのは、明治初年代から20年代にかけて刊行された読み物、歴史書、風土記、節用集、伝記、辞書、ボール表紙本や落語速記などであった。ほかには多くの地誌や風俗書、漢籍や洋書が見出された。少なくとも、これらの書誌調査から、介山は江戸後期の草双紙を介して時代小説に近づいたというよりも、むしろ近代初期の木版から活版へ転換する時期の印刷文化を背景に育ち、その異様な熱気を吸収して作家となっていったことがわかる。別の観点からすれば、明治初期の出版は従来考えられていた以上に隆盛を迎え、活気にあふれていたことの証左ともなった。活字印刷の登場によって、いったん幕末維新期に沈滞した出版文化が復活したのではなく、転形期ゆえに木版・活版が混在し、次々と出版物を出していくような状況が作家介山を生み出し、多くの近代知識人を支えた背景にあったのである。膨大な書目のリストは、将来つくられるべき明治初期の出版年鑑の重要な資料体ともなるだろう。また、文庫の中から介山直筆の書き込み本も複数発見され、代表作である「大菩薩峠」と本文庫との関係も明らかになった。今後、このデータベースは最終チェックをへたのち、報告書に掲載すると共に、日本近代文学館のデータベースに吸収し、活用されることになる。
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