前年度の研究で構築した呉語処衢方言群祖語の音韻体系に具体的音価を推定していく作業が、今年度の研究の中心であった。声母の29種、声調の8種というのは呉語の平均的音韻体系といえよう。ところが韻母は少なくとも76種存在したことが分かっており、音価推定も困難だった。以上の研究の結果を《呉語処衝方言(西北片)古音構擬》(中国語で執筆、全145頁)にまとめた。その過程で疑問のあるデータに関しては現地(中国浙江省等)に赴きチェックを行った。また、中国の潘悟雲氏、厳修鴻氏、荘初昇氏等に有益なレビユーを受け、内容を改善することができた。その後も継続的に推敲を行い、現在ほぼ定稿の段階にいたっている。平成15年度内には日本あるいは台湾で公刊できる見込みである。この作業と平行し、平成13年度から14年度の研究期間に、処衢方言音韻史に関する論文を5編執筆した。うち3編はすでに公刊されている。そのうち《早期呉語支脂之韻和魚韻的歴史層次》は中国における該分野の最有力誌《中国語文》に掲載された。処衢方言に支脂之韻三分割の痕跡が残っている点を明らかにすることができたのは大きな成果だった。《呉語処衢方言中三等字読作洪音的現象》は目下投稿中だが、アメリカ合衆国ワシントン大学での発表時には、アメリカや中国の研究者の注目を集めることができた。処衢方言における二等介音脱落の状況が、日本呉音ときわめてよく一致する点を見いだしたことが、本論文の大きな貢献といえよう。5編の論文により、呉語処衢方言の最古層が中古音以前に遡り、かつ日本呉音と共通する音韻変化を経ていることが明らかになった。今後は処衢方言祖語と〓祖語、上古音、日本呉音などとの比較研究をより徹底的に行い、古代中国語南方方言を復元することが強く望まれよう。
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