文明戯(早期話劇)の演目の中で翻訳劇は重要な位置を占める。中でもフランス・ロマン派劇が多く受け入れられたが、そのほとんどが日本を経由して、日本語からの重訳という形で中国に入っている。具体的な例として、ナポレオンを主人公とする1910年代の劇作品を伝統劇(改良京劇)、文明戯、翻訳劇の三種にわたって検証してみると、以下のような文明戯の特色が指摘できる。1.伝統劇との境界の不分明。2.西洋文明への憧憬。3.ノンフィクションへの関心。4.革命とロマンという主題。5.日本からの影響。 文明戯の最盛期を支えた二つの劇団(新民社・民鳴社)のうち、新民社は1913年9月から1914年7月まで、ほぼ連日、上海での公演を続けていた。新民社の総上演回数は475回で、先行する劇団の春柳社と比較すると、ひとつの演目を数日にわたって通しで上演する「連本戯」が多いことが特徴である。この「連本戯」をまとめて一本の演目として計算すると、新民社が上演した演目は合計254本となる。『悪家庭』『珍珠塔』『家庭恩怨記』『空谷蘭』『馬介甫』などが代表的演目で、内容的には、いわゆる「家庭劇」が目立ち、特に小説からの脚色が多い。このうち、『空谷蘭』は黒岩涙香の小説『野の花』の中国語訳を舞台化したものである。一方、民鳴社は1913年11月から1917年1月までの活動期間中に合計355演目、のべ1339回の公演を行なっており、やはり『空谷蘭』を繰り返し上演している。 従来、この分野の研究は「早期話劇」にかかわった中国の演劇人の回想に寄りかかって進められてきたが、今後は当時の一次資料の検証に基づく、実証的な研究が必要となろう。また、近接領域である伝統劇の研究者との合同研究、日中双方の研究者による国際共同研究を発展させなければならない。
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