研究概要 |
研究対象である「罪の意識」をめぐるレトリックをデータベース化する過程で直面した興味深い現象に、本年度は考察の多くの時間を割くこととなった。すなわちシェイクスピアの文体の独自性をめぐるここ10年間ほどの欧米での学会における論争の争点および方法論の確認を経て、言語情報のコンピュータ援用による統計処理の可能性と問題点の洗い出しの作業である。現状ではstylometryによる特定の語の頻度をキーとしたpositive, negative両面からの検証の有効性については、所与のテクストを突き合わせるための基礎データの大きさについて、十分な合意が形成されているとは言いがたく、他方、socio-historical linguisticsの成果は基礎データの大きさにさほど神経質にならずに済む点で、現状では有効性が高いと思われる。現在まだデータの切り出し、分類の途上ではあるが、そうしたいくつかの方法論上の問題と成果については、「雑誌論文1」にまとめた。とりわけ有効性を評価できるのは、Jonathan Hope(1994)の、シェイクスピアのauthorshipを推測する研究であるが、本研究との関連で言えば、ある特徴的な表現の分布を地勢的、時間的両側面から評価することで、いわばエリザベス時代の流行語的な言い回しの抽出が可能となりつつある。これは来年度の報告では具体的に指摘できると思われる。もうひとつ興味深いことは、同一の主題を持った複数のバラッドで、文体のばらつきが散見されることで、韻律や旋律の制約が強いはずのこのジャンルでも文体解析による切り分けが有効であることが確認できたのは、大きな収穫であった。
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