近世英国の都市喜劇の隆盛を資本主義社会黎明期の特徴的な文化現象として定位する際に有効な第三の視点としての世俗バラッドやパンフレットについて以下によって考察した。(1)その著者像、印刷事情、流通形態といった物理的成立条件の社会史と、(2)それらが主題とする内容、ことに犯罪の手口に関する娯楽的要素を伴う解題というスタイルの演劇作品との相互参照の実態、(3)犯罪者がジプシーなどからの脅威として扱われ、とりわけpedler's Frenchと呼ばれる隠語の体系を軸として表象されることで他者性を刻印されることで、共同体を保全する言説に包摂されてゆく状況。あわせてパンフレット相互の引用関係の考察により、当初は体制側と犯罪者双方からの報復を恐れていた一連の言説が、やがてはRaphael Holinshedの『年代記』に収録されるに至る過程をたどり、さらにはblack letter(イングリッシュ体)とwhite letter(ローマン体)の共存/移行期のケーススタディとしての研究材料として、きわめて重要であることを再確認した。現存する大多数のパンフレットがblack letterで印刷されている事情は、18世紀の蒐集家の嗜好を反映するところが大きいが、その中にあってなお、pedler's Frenchは一貫してローマン体で表記ており、同時代、演劇の版本がローマン体隆盛のひとつの重要な媒介であったことをあわせて考慮するならば、書体とその内容をめぐる相互関係についてはさらなる研究の余地があると思われる。罪の意識をめぐる言説は、悪行の告発と犯罪者の改悛、処刑にキリスト教的予定調和のプロットをなぞる素朴な体裁から、徐々に「神」の介在を希薄化し、それじたい娯楽の言説へと変貌することでみずからの命脈を保持しつつ、小説への発展の萌芽を内包しているのである。
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