本研究の目的は(1)同性愛演劇一般の新たな定義と概念を立ち上げること、(2)刷新された概念に基づいて英国同性愛演劇を再考すること、(3)英国同性愛演劇(新たな定義にもとづくもの)と日本の近代文化とりわけ明治期における文化的相互作用を探ることである。明白な同性愛演劇は、長い時間をかけて研究する必要がないほど、数は少ない。一方拡大した定義によって同性愛演劇を考えると調査対象は膨大なものとなる。そこで近年、ジェンダー研究とクィア理論の知見により、クィア性がますます顕著なものとして考察研究されてきたシェイクスピア演劇を出発点として、その英国文化への多大な影響力ゆえに、クィア性も無意識的に文化的に伝播されたであろうと推測し調査した。シェイクスピアとその後継者(あるいは英国演劇におけるシェイクスピアの影響)をも視野に収めるには、同性愛演劇の定義の根本的な変革が必要であり、それは関連領域での研究によって、かなりの見直しが図られたと思われる。それによって同性愛性が陰在している演劇をも広義の同性愛演劇として包含することにより、従来にない視座なり見解を生産することが可能になり、演劇史の大きな見直しへと発展する端緒を築きえた。また英国の演劇を積極的に翻訳・翻案してきた明治期において、翻訳あるいは翻訳で、オリジナルの演劇にみられるヘテロセクシズムが影をひそめ、かわりに同性愛的要素が顕在化することがあるのは大きな発見であったが、調査する作品数が多くなったため、この方面の研究は今後の課題として残った。
|