イギリスでは、1870年代なかごろから、いわゆる農業の大不況がはじまり、農村が急激に衰退する。その一方で、18世紀後半における産業革命の開始以来、都市への人工集中が加速的に進み、その結果生じた都市環境の悪化は、19世紀末期、折からの進化論的ディスコースの影響下に、都市は国民の健康を損ね退化をうながすという、国民退化の不安をかき立てることになっていく。 そのような都市の拡大を背景にして、世紀末から1920年代にかけて、イギリス本来のナショナル・アイデンティティを田園にあるとする、田園のイングランドの神話ともいうべきイデオロギーが、ちょうど農村の衰退と反比例するかたちで成立してくる。そしてそれは「土地に還れ(Back to the Land)」というスローガンを冠され、さまざまなかたちの田園復帰運動を起こすこととなった。 本研究は、(1)イギリスの都市化と連関するかたちで成立してきた、田園のイングランドを基盤にしたイギリスのナショナル・アイデンティティの成立を、具体的な1次資料(都市論的テクストおよび「土地に還れ」運動関連のテクスト)を読みながらあとづけ、(2)そのうえで1910年に出版されたE・M・フォースターの『ハワーズ・エンド』を、それらの一次資料とのインターテクスト的関連のなかで文化研究的に読み解いた。 設楽靖子の補助を受けながら、『ハワーズ・エンド』を歴史化するとともに、そのテクストがいかに田園のイングランドの神話と呼ばれる同時代のイデオロギーのなかで織られているかを明らかにした。
|