平成13年度、我々は17世紀から現代に至るアメリカの「魔女狩り」現象に関する広範な資料収集を行うことから始めた。現在までに研究代表者(丹羽)は、文学、歴史の両分野、また研究分担者(前川)は政治の分野において、収集した資料に基本的検討を加え、次年度研究に向けたデータベース作りをほぼ終えた。これとともに、時代を代表する知識人たちが「魔女狩り」現象にどう関わってきたかの概括的知見も得ている。 すなわち我々は「魔女狩り」が、一種の集団ヒステリーではあるものの、その背後には、共同体の無知や迷信などを利用し、相容れぬ考えを抱く分子をデマ攻撃により抹殺しようとする偏狭かつ独善的な体制基盤強化への志向が働いており、またしばしば巧妙な経済抗争をはらんでいることを確認した。またこうした狂気を批判すべき知識人が、「魔女狩り」の推進力となる独善的「正義」の前に、良心と愛国心の板挟みに遭い、適切な行動を取り得ぬ場面も少なくないことを確認した。たとえばセイラムの「魔女狩り」は悪魔の実在を信じる人々による集団ヒステリーであったが、その背後にはサタンの襲撃を口実に、入植以来二世代を経て堕落したユートピア共同体の屋台骨の補強を願う守旧派為政者の思惑があり、「スペクター・エヴィデンス」という怪しげな証拠調べが横行した法廷は、土地争いの相手を合法的に抹殺する手段として悪用された。マッカーシー旋風という名の「魔女狩り」の際にも、また最近の同時多発テロ後のイスラム系住民迫害の際にも、類似の事象が観察され、しかもこれらの横行を許す「正義」に対しては、知識人たちの声が少なくとも当初は非常に小さい。次年度に向けては、データ・ベースに基づき、アメリカにおける「魔女狩り」現象の諸相と本質、知識人たちの対応姿勢の特徴や意義等について、内外研究者との協議を重ねつつ、さらなる検証を試みる予定である。
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