初演の形態(original staging)を分析するために、英国ルネサンス期演劇全般を対象とし、ト書きについてのデータベースを利用して調査すべき箇所を絞り込み、大英図書館で当時の戯曲を150冊あまり調べ、国内でもファクシミリを利用し、他に約100冊を検証した。 なかでも、「手紙の場面」のトポスの解明と、劇場の舞台柱やはね上げ戸の利用について検証をおこない、次のような考察をえた。 (1)Two Gentlemen of Veronaにおける手紙のシーンは、マーローやグリーンなど他の劇作家が書いた手紙の場面と共通性があり、手紙が小道具として利用された背景には、当時の手紙執筆の流行があった。この点は英国の大英図書館における16世紀の手紙判例集の調査で確かめられ、手稿本により劇作品の当該場面も確認できた。 (2)柱は1600年頃まで、俳優に場所や方向をしめす記号として用いられた。1610年前後には、人がかくれる物陰や、道具や捕らえた人を結わえつける場所として用いられるようになる。時代が下ると、さらにひねりがきいて、柱を人にみたてて、誓いやフェンシングの稽古をしたり、挨拶したりする。 (3)はね上げ戸は、舞台下の奈落すなわち地獄につながるという宇宙観的な意味づけがされてきた。しかし、幽霊・悪魔・魔女などの登場口や墓穴として、地獄と結びつく場合も多いが、地下室や階下など、単に物理的に下方をあらわす例がほぼ同数ある。喜劇では、地獄を意味することは少なく、ジャンルによって柔軟に利用されていた可能性が強い。 (4)古版本のト書きに、二階舞台の使用が明記されている場合でも、当該の劇団がある時期に用いた劇場やホールを考えると、二階舞台を利用せずに上演しなければならなかったであろう例がある。このことから、二階舞台の利用を見直す必要が確かめられた。
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