「イングリッシュネス」は、19世紀末から20世紀初めにかけて鮮明に意識されるようになった概念であるが、イングランドのヘゲモニーの上に立ったブリテン体制から起こるさまざまな文化状況という意味では、その萌芽はエリザベス朝にあると考えられる。このイングリッシュネスの概念について、特に自国意識という側面から考察を加えたのが本研究である。 相次ぐ歴史書や地図の発行、英語への強い愛着と信頼、それを具体化した文学作品や劇作品の発行、肖像画の流行、そしてそれらを媒体として澎湃として起こったエリザベス女王の称揚やその直接の祖先であるチューダー朝政権の弁護などは、イングランドにおける高揚した国民意識を反映している。チューダー朝成立にかかわる歴史劇であるシェイクスピアの後期四部作においても、そのようなイングランド中心の国民意識が語られる。『ヘンリー五世』(Henry V)にはイングランド中心の連合体制、すなわちフランスに対抗するためにウェイルズ、スコットランド、そしてアイルランドがイングランドに協力するという図式が提示されている。しかし、このような連合体制は、史実ともエリザベス朝社会の実態とも乖離したものであった。本研究は、それが楽天的とも言うべき幻想であり、この劇には統合を模索せざるを得なかったエリザベス朝の英国社会の不安が示されていると結論づける。
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