研究第2年度(平成14年度)に、人智学創始者ルドルフ・シュタイナーの教育方法論を手がかりにして、ウィリアム・ゴールディング作品の新解釈を試みたことを承け、今年度は、教育論を越えてさらに広くシュタイナー思想の影響をゴールディング作品に求めた。時間的制約のため、ゴールディングの全作品を照査することが叶わなかったのは心残りである。しかし、彼の作家活動の前半に関してはかなり突っ込んだ解読ができた。まずゴールディング処女作の『蝿の王』(1954)について、シュタイナー教育論を離れ、さらに人智学的に解釈する方法論を探った。作品中で他の登場人物たちによる人間絵巻を超越しているような印象を与える少年サイモンに注目し、シュタイナーの提唱する人間像(肉体・エーテル体・アストラル体の3体構成と捉える見方)や高次の霊的認識の道筋、そしてシュタイナー流のキリスト観などがこの小説に反映されているさまを辿った。また、『蝿の王』で印象的に使われている4つの色(緑・ピンク・白・黒)に、ゲーテから受け継いだシュタイナーの色彩論の影響を見た。ゴールディングの第2作『後継者たち』(1955)については、上記の霊的認識段階論の他に、シュタイナーの提唱するオイリュトミーの影響を、登場人物の仕草や命名に探った。1956年の第3作『ピンチャー・マーティン』は、シュタイナーの主著『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』に説明されている「認識の小道」概念を、悲観的で皮肉な形で再演したものとして読む解釈を試みるなど、ゴールディング作品解釈にシュタイナー思想を援用する道筋を示した。これらの研究成果を、2本の論文と1本の研究ノートの形で発表した。
|