今年度の成果として、論文1点と著書1冊を公刊した。 1.論文「パスカルの計算機をめぐる評価の対立について(その2)」では、計算機に対する同時代の明確な肯定的評価のかたわらに、その成果と理念を根底から否定しかねないマイナス評価が存在する理由を検討した。その主たる理由は、製品の個体差による出来不出来、乗除算の自動化の度合いに対する評価の違い、演算の短縮化など習熟度による使用法上の差異である。併せて科学論文におけるパスカルの叙述の特性をも考察した。 2.著書『秩序と侵犯』(全184頁)では、計算機関連4文書の精読を通して、パスカルにおける計算機体験の思想的意味を考察した。まず4文書とは、生半可な学者による計算機批判と偽造品の出現という、現実に生起した2つの深刻な事件に反駁を加え、自己の発明品の擁護を目指した論争文書であることを明らかにした。次に「秩序」とその「侵犯」という統一的観点によりつつ、計算機の発明が単に孤立した一閉鎖領域を形成するのではなく、「秩序」「現象の理由」「圧制」「民衆の意見の健全」などパスカルの鍵概念を早くも垣間見せることにより、主著『パンセ』へと至る思想的展開の重要な一環であることを示した。そのほか計算機の「発明」時期の再検討、使用法の問題、決定型完成以後の改良過程など、技術的・工学的側面をも検討対象とすることで、本書はパスカルの計算機に関して、欧米にも例を見ない初めての総合的研究の書となった。
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