平成14年度は昨年度に引き続き、美術史的・思想史的なアプローチを酒井が、精神分析理論からのアプローチを原が主として担当する形で研究を進めた。 酒井はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ハンス・ホルバイン、フランシスコ・デ・ゴヤ、フィンセント・ファン・ゴッホについて、短期渡航先のパリ、ミュンヘン、ストラスブールで作品を実見し資料収集を行なった上で、その作品や生涯を芸術の次元と無意識の次元の関係という観点から検討し、各画家論として論文の形で発表した。 原は本研究の理論的な枠組みとなる精神分析理論のうち、ラカンにおける「欲望」概念の独自の分節化(欲求・要求・欲望の三分法)および「欲動」の再規定に注目、これを検討した。その成果は本年度発表した著書『ラカン 哲学空間のエクソダス』の一部として発表されている。またラカンの議論が美の問題を取り上げた一九五九年から六〇年にかけてのセミネール『精神分析の倫理』をとりあげ、東京都立大学シンポジウム「ジャック・ラカンと欲望の倫理」のパネリストとして、ラカンの「アンティゴネ」分析を検討しつつ彼の理論における美の概念と欲望の概念の関わりを論じた。さらに酒井の研究成果(特にホルバイン、ゴヤに関するもの)に依りつつ、ラカンの視覚論がたどった鏡から絵画へという変遷をたどり直した上で、彼がベラスケスの「侍女たち」の分析を、「欲望の美学」のひとつのあり方として提示した。また短期渡航先のニューヨークでは、近現代美術のさまざまな作品を実見し、また二〇世紀における「欲望の美学」を論ずるために必要な資料を収集した。
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