前年までの研究によって、文章の長さ(和文は文字数、英独語の文は語数で測る)は一般に対数正規分布に従う傾向があること、機能語(noncontextual)の頻度を変数とする主成分分析や判別分析は作者問題(匿名作品などの著者推定)の解明に有効であることを私は明らかにした。論文2(「『ラーレブーフ』とヨハン・フィッシャルト」)は主成分分析に加えて文長平均のt-testや語頭音字のエントロピーその他を分析した結果、16世紀末に匿名で刊行された表記の諷刺小説が、前半と後半では文体が同一とは見なしがたく、かつ前半部は推敲を経た形であり後半部は未定稿のまま残されたフィッシャルト作品である可能性が高いことを指摘した。この知見はつとにフィッシャルト作者説を唱えたホネッガーの文献学的検証の不備を文体統計論の立場から補うことになる。 クライスト小説の文体特性に関するドイツ語論文1は、上述の二つのテーゼと方法論の一般妥当性を確認するとともに、芥川と太宰の文体分析で問題提起した文長の対数正規性の乱れと自殺に至る精神的懊悩の関係(ないし無関係)性をドイツ語文をデータとして探ろうという副次的意図をひそめるものであったが、クライストとゲーテ、シラー、ホフマン、ヘッベルおよびカフカの短編小説類(計29編)との比較を通じて、文長分布(特に通常は対数正規性を一層顕著にする移動平均)においてクライストは他と異なるヒストグラムを示すこと(此の点は芥川のケースに似ている)、機能語の主成分分析は、総体としてクライストは特にカフカと対蹠的位置にあり、かつクライスト小説7点(特に短い数編は合併して計測)はすべて他の著者による作品群から離れた形で一つのグループを形成することを明らかにした。その結果は布置図によって明示されている。 なおフィッシャルトの翻案『ガルガンチュア稗史』の精細な分析、基礎語の語頭音字一致の偶然性を検定する方法による日本語とアジア諸言語の関係調査も目下進行している。
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