研究概要 |
3年間の成果は、日本独文学会の依頼をうけ『ドイツ文学』(No.115;Neue Beitrage zur Germanistik, Bd2)に寄稿した「ある民衆本の作者問題解決の為に-統計手法応用の試み」(独文)に集約されたが、他に統計分析を作者問題に応用した公表論文に、「多変量解析の文献学的応用-『カルストハンス』の事例」(和文、Waseda Blatter)、「人まろが歌」(和文、『一橋論叢』)があり、文体分析に統計的検定や多変量解析を大規模に応用したものとして「クライスト小説群の文体における特異性」(独文)、また印刷中のものに「懊悩と変動-文体統計論からみた『若きウェルテルの悩み』」がある。いずれも従来の人文科学的研究と知見をふまえつつ統計学的方法を応用する、日独の学会においてほとんど類例をみない多角的方法論に立脚し、実験的文体論を展開している。その結果得られた歴史的知見として、宗教改革時代の民衆文献『カルストハンス』の作者として定説化しかけた通称ヴァディアン説は文体分析からは直ちには採り難いこと、対抗宗教改革・価格革命期の所謂「民衆本」の代表作で現今でも愚昧を揶揄する慣用句「シルダの市民」のもととなった『ラーレブーフ』については、文体分析からは当作品がフィッシャルト作とほぼ見てよい前半部と然らざる後半部とに精密には分けられるべきことを指摘し、「オイレンシュピーゲル・ボーテ説」で名高いP・ホネガーの仮説の不備を正した。また『古今集』に「人まろが歌」として収録される7首は総体として柿本人麻呂とはみなせないことを論証した。なお研究の根底に、人文の学における科学性に対する関心、非母語話者として外国文学を研究する場合避けられぬハンディの克服を求める方法論的自覚、「ヨーロッパの膨張」(16世紀)時代に対する人類史的関心がある。
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