研究概要 |
ドイツ語は近世から現代に至る歴史的発展の過程で話し言葉的性格から書き言葉的性格を強めたが、これは近世に始まった統一国民国家の成立過程において文書による社会的コミュニケーションが重要な役割を果たすようになった為であると考えられる。本研究はこの社会言語学的仮説を具体的な言語資料を分析することによって論証しようとするものである。分析の結果、以下のような知見が得られた。 1)言語変化に関する諸理論を検討し、それに基いて言語資料を分析した結果、言語変化を社会変化に関連づけた社会言語学的視点が有効であることが確認できた。 2)J.Schottel、J.Gottsched等の著作に拠って、近世ドイツ社会における言語規範意識の一端を解明することを試みた結果、当時の政治状況を反映して方言が乱立していたところから、文書のドイツ語が規範とされていたことが明らかになった。その際、これら文芸家、文法家、また、M.LutherやJ.Eckなどの宗教思想家などの書き言葉が大きな影響力があったと推測される。 3)16世紀の宗教改革運動にあってはFlugblatter(アジビラ)による庶民の言語的啓蒙が重要な役割を演じたことが明らかとなった。 4)M.Luther, H.Sachs, J.Eck, J.Emserなどの文体を分析、比較した結果、当時は文字の読めない者が大多数であった識字状況を反映して、文書のドイツ語は耳で聞いても理解可能な簡潔な文体のものである傾向が認められた。 5)J.Eck, H.Emserらのカトリック神学者とM.Luther, H.Sachs, U.Zwingliらの新教側の思想家との論争書を分析した結果、ともに啓蒙的効果を狙ってさまざまな修的手法を駆使してはいるが、簡潔な構文を用いたきわめて簡明な文体であることが明らかになった。
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