本研究は、イタリアにおけるモダニズム文学の旗手とされるダンヌンツィオとピランデッロに焦点をあて、彼らの政治的態度の根源にある世界観を描きだすことをめざした。この二人の文学者は、19世紀末から20世紀にかけて矛盾をはらんで展開していくイタリア社会において、詩作をもって作家活動を開始し、政治的にファシズム政権に近付くという類似点を見せる。しかし、彼らの世界観はいずれも現実のファシズム政権の価値観とは根本的に相容れないものであった。(1)ダンヌンツィオにおいては「死への恭順を通して生命を獲得する」というテーマ、(2)ピランデッロにおいては「生命のうちにすでに存在する死」というテーマを措定することで、この二人の文学者の世界観が、ファシズムの政治思想と表面的な親和性を見せていたにすぎず、それが無責任な擬似的政治思想として受け止められてきたことを明らかにした。ファシズム政権の覇権とともにイタリア国内にわき上がっていた希望と不安に対して、文学者としてのそれぞれの対照的な死生観に裏打ちされた世界を描き出してみせたことにこそ、この二人の作品世界の意味があることを示すことができたと考える。
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