本年度に提出する成果報告書は、前年度までに行った苗(ミャオ)語の語の構造の研究を基にして行った苗揺(ミャオ・ヤオ)諸語の接頭辞の比較研究の成果の一部である。さらに、研究代表者自身が調査を行い、初めてその資料を公開したパナ語について行った系統研究をも成果の一部として含めてある。 この報告書においては、祖語の音節構造や形態論的構造をさぐるために、いくつかの形態論的手段のうち、特に接頭辞付加に着目し比較研究を行った。接頭辞が重要なのは、形態論的手段に乏しい苗揺諸語において、語よりも小さい成分として分析できる数少ない要素であるからである。まず、苗揺諸語の諸言語・方言の名詞の接頭辞のデータベースを作成した。これに基づいて、(1)接頭辞がどのような地理的分布を見せているか、(2)音韻対応をもとに、対応する接頭辞があるか、(3)機能の点でどのような共通点が見出せるか、という問題点について考察を行った。その結論は以下の通りである。(1)接頭辞の分布は地理的には北西に濃く、南東に薄い分布をしている。(2)*q[a]-という接頭辞は言語を超えて見られることから、祖語レベルに遡る可能性がある。(3)名詞を分類する機能があるが、それは類別詞の分類の仕方とは明らかに異なるものであり、類別詞がmetatypyによって漢語からもたらされたと仮定すると、本来苗揺諸語においては別の名詞分類の手段があった可能性を考えるべきである。その形式の名残が現在の接頭辞と考えられるのである。
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