交付最終年度である今年度は、昨年度の継続課題として、機能性構音障害に観られる音置換や脱落と、さまざまな方言に観られる音韻現象との間の平行性を探った。その結果、静岡方言における強調形容詞のモーラ増加や、各地の方言に広く分布するオノマトペと呼ばれる擬声音・擬態音との間に、著しい類似が観察されることがわかった。Davis and Ueda論文では、これらの現象を最適性理論(Optimality Theory)によって分析し、これらが限られた数の音韻制約のランキングによって説明でき、変異形はランキングの違いに帰結できることを論じた。 交付初年度から昨年度までの考察対象は、音置換や音脱落、そして目標音の獲得に規則性が観察されるタイプの機能性構音障害であった。しかしながらこれとは異なり、逸脱や音韻獲得に規則性が観察されず、音素の分離が、語彙のなかに徐々に拡散していくタイプの障害も報告されている。本年度は初めてこのタイプの障害の分析に着手し、ラ行音にこれが観察されるデータを考察した。手始めとして、これを基底表示の素性指定という観点から考察し、データ分析を通じて、いくつかの素性不完全指定理論を検討した。結果として、Kiparskyなどの主張する、根本的素性未指定理論(Radical Underspecification Theory)がもっとも優れていることを論じたが、同時に獲得期には、いわゆる「ディフォールト値」が位置によって異なっており、いわば文脈依存的な素性不完全指定であることが判明した。これによって幼児の語彙拡散タイプの音素分離は、ディフォールトと指定されている文脈において、音韻対立を学んでいくプロセスであると結論づけられた。またこのプロセスは、歴史的音韻変化で、対立が徐々に失われていくプロセスの逆であることも論じた。
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