モンゴル語仏典には、翻訳当時の元朝時代の、複雑な多重言語状況を反映して、原典の言語であるサンスクリットやチベット語のみならず、漢語やウイグル語に由来する外来形式が多数保存されている。ちょうど、漢語が固有の日本語の中に取り入れられ、やがて、その言語構造に一定の影響を及ぼしたと同じく、それらの外来的要素は、固有のモンゴル語の言語構造にも少なからぬ影響を及ぼしている。研究期間のこの3年間は、その実相を、いくつかの仏典を対象としてとりあげその行文を子細に検討し明らかにする作業に従事した。その成果の一部は、既に公刊され、また一部は現在学術誌等に投稿中である。現時点における研究成果は、次の3点である。 第1点は、『國文学 解釈と教材の研究』(學燈社)の求めに応じて、執筆したものに加筆し修正したものである。同誌2003年3月号に掲載されている。一般読者を念頭に置いたものであるから、その限りにおいては、学術論文と称することは憚られるが、モンゴル訳経史の一端に触れつつ、モンゴル仏典研究の意義が那辺にあり研究代表者の目指す方向がいかなるものか、を概観したものであるため、本研究の概要紹介には適切と判断した。 第2点は、2002年11月に大谷大学で開催された国際シンポジウム「モンゴルの出版文化」において発表したものに基づいている。研究代表者の従前の蓄積を概観するとともに、本研究によって得られた知見を紹介する試みである。同シンポにおいて、同学の士の批判を仰ぎ、討議を経て、得られた新たな知見を加味し、加筆修正し掲載している。 第3点は、研究代表者が以前とりあげた『牛首山授記経』から引例しつつ、行文中の外来形式について、一層詳細な知見を得るべく努力を重ねた成果で、2002年5月にロシア連邦共和国カルムック自治共和国で開催された「アユカ・ハーン生誕360周年記念国際学術集会」において発表し、そこでの討論等に基づく知見を加味して加筆修正した。
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