本書は、2001〜2002年度科学研究費補助金による研究課題「アイヌ語の副助詞の形式意味論による理論化とフィールド研究への還元」(基盤研究(C)、課題番号13610664、研究代表者:奥田統己(札幌学院大学))の成果報告書である。 本研究の目的は、アイヌ語の文法記述のなかでこれまで副助詞、係助詞あるいはrestrictive postpositionなどと呼ばれてきた後置詞(以下副助詞)の意味に関する理論的な分析と、そこで生じた問題点についての現地調査およびデータの整備とを行うことである。 たとえば、アイヌ語を、形態論や統語論が類型論的に相似する日本語と対照してみると、現代日本語では疑問詞および疑問文を形成する際に助詞「か」と「も」のみが用いられるのに対し、アイヌ語(静内方言)では5つの助詞が使われており、両者の間に形態論的な対応が見られない。しかも、たとえばkaの場合、「誰も(いない)」と「誰か(来た)」は両方ともnen kaとなり、形態論的には区別できないという特異な特性も見受けられる。このような問題点は、これまでの研究ではそれらの個別的な観察・記述に留まっており、理論言語学的な位置づけには及んでいない。 本研究をとおして、アイヌ語の副助詞の意味の理論化にとって鍵となる例文をテキスト中から約120例抽出し、その分布を確認することができた。さらに、類似した構造による量化表現を持つ日本語とアイヌ語とを対照し、両言語の共通点と相違点とを観察した。そのうえで、そうした分布や例文の解釈および日本語との異同を、量化子理論の観点から説明する仮説の検討を深め、事実をほぼ説明できる結論に到達した。
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