本研究は、日本人の言語交渉における意見衝突場面の韻律(プロソディー)の変異性に関して、応募者が先に行った試行的研究(奨励研究A平成11〜12年度)をさらに拡大・発展させることを目的とした。具体的検証課題として、第一に、韻律の変異性をその使用コンテクストとのダイナミックな相互作用から派生するモダリティー(話者の心的態度)として捉え、対人関係において「調和・協調」を尊ぶとされる日本人が苦手とする対立意見表明の場面でこの韻律モダリティーが方略(ストラテジー)としていかに活用されているのかを分析した。第二に、情報伝達志向や対人関係志向といったレジスター(社会使用域)特性やウチ・ソト・オモテ・ウラといった日本文化特有の言語運用領域との相関に重きを置いた韻律変異の分析を目指した。第三に、特に女ことばに求められる丁寧で腕曲的という社会文化的規範と職責から求められる権威的物言いとの狭間でジレンマを感じているとされる女性管理職による職場での言語運用に着目し、このジレンマ解消のストラテジーとして韻律がどのような貢献をしているのかを見極めようとした。総括的評価として、第一・第二の課題に関してはある一定の成果を得られたように思う。特に対話者の積極的面子を脅かす否定表現(打ち消し「-ない』)に付随する韻律強調の変異性に関して、使用コンテクストの諸要因およびレジスター特性との規則的相関を明らかにすることができた。また、米語・スペイン語における同様の変異事象との対照研究も行い、現在論考を執筆中である。第三の課題に関しては、女性管理職による職場での指示・命令行為に観察されるストラテジー的側面の分析および言語運用の権力性に関する概説を仕上げることはできたが、韻律の果たす方略的側面については談話資料の書き起こしを行うに留まり、それに基づいた音声ファイルの作成および分析作業には至っていない。これらについての研究活動は今後も継続していくつもりである。
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