本研究計画は、15世紀イタリアにおける人文主義・修辞学とスコラ学・弁証術の対立の諸相を研究することを目的とし、そのためにイギリスのブリティッシュ・ライブラリーおよびロンドン大学ウォーバーグ研究所で文献の調査・収集を実施した。研究の対象は、主として3つのグループに分かれる。1.レオナルド・ブルーニが自らの『ニコマコス倫理学』のラテン語訳に関して著わした翻訳論「正確な翻訳法について」。この中で、ブルーニは中世の逐語訳に反対して「意味」を移す人文主義的な翻訳手法を称揚した。これに関連して、カルタヘナのアルフォンソ、ゲオルギウス・トラペズンティウス、ジョアシャン・ペリオンといった他の論者・翻訳者の理論・実践へも対象を拡げた。2.ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラとエルモラオ・バルバロが交わした哲学・修辞学の優劣に関する論争。スコラ哲学に人文主義修辞学の審美的言語観では測れない独自の価値があることを主張したピコに対し、バルバロは修辞学が哲学に優越することを説くとともにギリシア語原典につく人文主義的アリストテレス主義を唱導した。3.アンジェロ・ポリツィアーノのフィレンツェ大学における開講演説『ラミア』。ポリツィアーノはアリストテレスの論理学的著作を講義するのに先立ってこの弁論を行なったが、文献学者・人文主義者として哲学的テクストを解義することを擁護している。以上3つの研究対象に共通するのは、15世紀イタリアで依然勢力を保っていた知的活動であるスコラ学・弁証術への人文主義者の対抗意識と、ギリシア語原典に基づく新しい人文主義的アリストテレス主義の勃興であった。
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