古典文学を代表するホメロスとウェルギリウスの叙事詩およびソポクレス作のギリシア悲劇『オイディプス王』に関して、古代の民間伝承との関係を次の点にわたって考察した。 1.『イリアス』と『オデュッセイア』の中で民話や伝説に関わるエピソードや叙述を抽出し、さまざまなテーマやモチーフごとに分類したのち、それらがホメロス以後の伝承に残る古い話形とどのような点で異なるのかを検討した。その結果、民話は、ホメロスの物語に適合するようきわめて独自な変容をとげていることが明らかになりつつある。 2.民話的要素と平行して、フォーミュラ(定型句)を中心とするホメロスの叙事詩の伝統的言語と語法についても詳細に考察し論文を執筆。その結果、叙事詩の伝統的な言葉が、民間の日常語から強い影響を受けつつたえず変化・流動していたことも判明してきた。この言語の流動と民話的内容との関連について、今後さらに考察する必要があろう。 3.ホメロスの物語に含まれる民話的エピソードに関して、壺絵・彫刻を中心とする図像・造形資料を古代エトルリア(イタリア)各地の考古学博物館・古代学研究所において調査し、文字テクストとはさまざまな点で異なる重要なモチーフに触れることができた。そうした視覚資料に関して、今後整理と検討を進めたい。 4.ウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』については、とくに後半の物語に含まれるエトルリア系の伝説群に関してイタリアにおいて現地調査し、それらに関連した宗教学的・地理学的資料と情報を収集した。また叙事詩の中の民族的性格の相違について、ホメロスとウェルギリウスの比較研究の論文を公刊した。 5.ソポクレスの悲劇『オイディプス王』の下敷きになった「宿命の子」の民話に関して、日本独文学会のシンポジウムなどで発表し、以前に着手した考察をさらに深化させた。
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