今年度は「表現の自由」について研究した。ソ連・ロシアでは社会主義崩壊過程で、1991年のマスメディア法が検閲制度を廃止し、言論の自由を確立したが、他方で法律違反等を行ったマスメディアの解散権を出版・情報省に与えた。言論の自由をめぐる紛争を解決するために、大統領直属の情報紛争裁判院が設置され、名誉毀損事件、ポルノ規制、行政機関の情報隠蔽などの諸問題を、比較的適正に処理してきた。しかし言論規制を強化すべきだという主張は根強く、プーチン政権下でやや危険な傾向がでてきている。 1991年のマスメディア法は若干の修正を受けつつも現行法であり、法制度的には言論の自由をめぐる状況に変化は少ない。しかし政治的・経済的環境は変化してきた。民間マスメディアを握っているのは新興財閥であるが、彼らと現在の権力の間には矛盾があり、政権は新興財閥への圧力を強め、脱税・詐欺等の口実で刑事責任を追及したり、マスメディアの株式を取得して、規制を強化している。また言論の自由化の中で、いわゆるエロ・グロ・ナンセンスが氾濫しており、市民のマスメディアに対する姿勢も厳しい。最近の世論調査では、76パーセントのロシア市民が検閲制度の復活を支持しているのである。体制転換でロシアの自由化・民主化は大いに進んだが、それが同時に大きな腐敗と不公正をもたらしているという改革の難しさがここにも表れている。 なお昨年度研究した「人身の自由」(現代ロシアでもっとも深刻な人権問題である刑事手続上の人権)に関する論文が長大になったため、分割して今年度にまたがって刊行した。
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