本研究は、平成11〜12年度に実施した科学研究費課題研究「イギリスにおける患者の自己決定と司法」に直結して、民事法学的アプローチにより医事法の領域に踏み込み、その具体的焦点を「イギリスにおける患者・医師関係」に据える継続的研究である。平成13年度は初年度として、イギリスの現代医療契約をめぐる数多くの民事法的論点を中心に、広くイギリス医事法に関する碁礎的認識・知見等の獲得を目途とした。次いで平成14年度は、右の基礎的認識等を、「患者・医師関係」に関する「法的ありかた」、進んでは「日本法への示唆」という総括的な論点に焦点を絞り込み、さらに深化させる作業が鋭意展開された。ここでは、医療情報の開示・活用という基本論点のほか、妊婦の意思に反する帝王切開術の強行、救急医療、合体双生児の分離など、解決困難なハード・ケースの処理はもとより、高齢者医療なども含む日常的な医療実践の局面をも取り込みながら、可能なかぎり渉猟を尽くした文献・情報の活用を通し、「患者・医師関係」にかかる現代イギリス法の到達点を精査し、一定の評価を「日本法への示唆」というかたちで纏め上げることが企図された。その結果、イギリス法が、「患者の自己決定」を顧慮すべき不可欠の規範的要素と位置付けながらも、たとえば「患者・医師関係の法的措定」にかかるインフオームド・コンセントの理解に際し、アメリカ法などとは基本的に異質の展開をしていること、Bolitho判決(1997年)以降のイギリス判例法の展開が注視に値すること、等が確認できたように思われる。進んで、本研究および先行研究の遂行は、これらの研究課題がさらに、医事法の核心である「医療被害に関する補償制度のありかた(法制度設計)」等を直接の課題とする実践的研究と接合させなければ完結できないことを自覚せしめた。本研究が論究した「患者・医師関係」を踏まえつつも、発生した医療被害等に際しては、いかなる法制度を用立てるべきかこそが、引き続き多面的に検討されるべき必須の研究課題として強く認識されるからである。
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