研究報告者は、改正された新制度の下のストック・オプションについては、付与対象者には、制度上存在する限界があるために、多数説に反して、子会社の取締役・使用人は含まれない、という見解を主張する。その理由は次の点にある。 (1)新たなストック・オプションに関しては、従来は付与対象者を取締役・従業員に限定していたが、このような明文規定から「株主以外の者」という文言に代えられた。経済界の強い要請によるといわれるこのような付与対象者の限定規定の削除によって、ストック・オプションは、会社の判断によって誰に対しても自由に付与する制度設計が可能になったという解釈が行われる根拠となった。しかし、このような解釈が果たして妥当かどうか問題と考える。 (2)新制度の下では、取締役に関する報酬規制も報酬内容の実態に沿った規制を設けている。しかし、ストック・オプションに関する規制は、多数の見解によれば、改正された報酬規制と切り離された新株予約権の有利発行という独自の制度において定められているので、報酬規制には服さないと解されている。従来のストック・オプション制度は、自己株式方式と新株引受権方式の異なる二種類の方式を認め、それぞれ異なる規制が定められていた。今回のストック・オプションに関する改正は、これを整理し統一化したもので、そのためにストック・オプションの目的と内容が明確となった。それにより、発行会社の株価の上昇を目的とするインセンティブ報酬であることが明確となった。ストック・オプションの目的から発行会社の株価の上昇と無縁な者に対する付与は、その制度上認められないという制度上の限界があることを意味する。ストック・オプションの賦与対象者が無限定になったと解釈されるが、明確化に伴って指摘したような制度上の枠付けが存在していることになる。 (3)商法改正は、親子会社についての定義規定の変更に及んでいる。つまり、形式的な基準から株主の議決権総数の過半数の取得という実質的要件への変更であり、この改正はより実態を反映するものとして画期的なものと評価することができる。しかし、この定義の変更後も、親子会社は相互に法的に独立していることには変わりがない。それぞれが固有の機関をもち、独自の意思形成を行うというのが法の建前である。もっとも、完全親子会社については、両者間の経済的な利益が一致することから別個な考慮は、例外的に可能である。そうであれば、株式の発行についても、発行主体が全く異なっている。発行会社の株価の上昇に寄与することを目的とするストック・オプションの付与は、独立しているそれぞれの会社の株式が対象となる、という帰結となる。つまり、ストック・オプションの賦与対象者の限定は、親子会社の間の法的独立性おいう制度からも正当化されることになる。 (4)さらに、結合企業においても取締役は、自己が帰属する会社に対して忠実義務・善管注意義務を負っている。たとえば、親会社が発行する株式を子会社の取締役がストック・オプションの目的として取得する場合、親会社は、親会社の株式価値の増加をもたらすような業績を期待して付与するのが通例である。その期待に答えることは、子会社の取締役が自己の会社に負っている一般的義務と相反することを意味する。従って、ストック・オプションの賦与者として、親会社は、原則として、子会社の取締役に付与することは、子会社の取締役に対して任務懈怠となる違法行為を奨励することになる。法制度上のストック・オプション制度がこのような帰結を導くことを目的としていないことは自明である。 (5)取締役は、多くの場合に、結合企業においては複数の取締役職を兼務している。この場合には、利益相反について相互の会社で承認が必要となる。この承認がある場合にのみ、ストック・オプションの付与が例外的に認められる。ストック・オプションの賦与に対する株主総会の承認決議には、取締役は付与を必要とする理由の開示義務を負担するが、私見によれば、その場合には、利益相反に関する承認を得ていることを理由として述べなければならないと考える。 (6)合併は、最も強固な企業の結合といわれ、法的に重要な合併効果として財産の包括的な移転があげられている。それでは、新制度のもとにおけるストック・オプション、つまり新株予約権の有利発行の場合には、どのような扱いがなされることになるのであろうか。合併の法律効果は、承継会社などは解散会社の一切の権利義務を包括承継する。新株予約権は一種の債務であるので、合併によって、新株予約権に係る義務も承継する。新株予約権者は、評価額が著しく低い場合には、債権者異議の訴えを申し立てることによって、保護される。
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