研究概要 |
本研究では1950年代末の岸政権の核問題への対応について、実証的な分析を試みてきた。特に、重視した問題は、(1)50年代末の日本の原子力政策がどのような安全保障上の意味を認識されつつ展開したのか(2)岸政権においては、核実験反対の抗議を米英ソに向けて行ったが、それは、どのような政策的意図に基づいてなされたのか(3)1957年のスプートニク成功以降、戦略的体系の変化の下で、多様な核兵器オプションが、日本外交の下でどのように考察されてきたのか、である。 本研究期間においては、上記の点について主に日本政府の対応と米国政府の対応に焦点を合わせて分析を試みてきた。その結果、暫定的に得られた知見は、(1)政府の核実験抗議政策は、それ自体が政府の目標となっていたのではなく、岸政権による日本の国際的地位向上のための施策であった、(2)日本政府の中には、明確に,日本が核保有を行うこと構想していたものもおり、日本が核兵器を保有するという核オプションも含めて、当時に日本政府は核問題について対応していた可能性がある、というものである。 重要であるのは、当時の日本政府の原子力政策の展開に大きな影響を与えたと考えられる日英原子力協定の展開である。この問題について分析をすすめ、1950年代末の日本政府と核兵器問題の関係のについて、より実証的分析を、総合的に、一種の国際政治史として叙述することを目標にしている。
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