タイにおける地方分権政策実施の現状と民主化の動向について、平成13・14年度の2年間に4度の現地調査をバンコク都、チェンマイ県、南部のソンクラー県など6県において実施した。 実地調査については内務省、市・町、そして農村部のタムボン自治体において聞き取り調査を行った。とくに農村部の自治体については、10団体以上について、それぞれ財政規模などを比較しつつ調査した。各地における調査では、行政担当者である県知事、郡長、自治体助役・議員・職員、また農村部の村長、住民などに対して自治の現状や各種の問題等について聞き取りを行った。その結果、タムボン自治体の行政において、全国的に多くの問題が発生し、監督機関との軋轢や自治体内部の対立などによって様々な混乱が生じつつあることが判明した。 このような状況の原因はいくつか考えられる。まず第一に、タムボン自治体の前身であるタムボン評議会以来の利権構造が、従来とは別の形で再編されつつある。第二に、タムボン自治体の設置にともなって急速に拡大された財政構造が、そのような利権をめぐる対立を助長している。さらに第三に、様々な政治的な思惑の中で地方分権化が拙速に実施されており、地方自治の本来のあり方や、問題解決のためのシステムが十分に検討されていない、ということがあげられる。 97年の民主的な新憲法の制定後「民主化」は制度的、形式的には確実に進展し、地方分権政策の実施は都市部だけでなく、農村部自治体の自治行政の拡大を、各種の法制化と中央からの権限委譲、そして税制の改革や財源配分の見直しなどによって確保しつつあるといわれる。また政治参加についても、議員定数も増え、女性の立候補も増加するなど、地方住民の関心は拡大した。 ところが実際には、全般的に未熟な行政能力にもかかわらず権限拡大や予算配分が拙速に進められたため、従来から農村部行政の宿痾であった不正を皮肉にも増幅させることになった。つまり、地方分権政策により制度的には地方自治体と住民に政治参加と自立的な行政の機会が与えられたが、その結果、個々の自治体の行政能力によって大きな格差が生じ、住民自身の意識や能力も問われることになったのである。
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