(1)1998年、アメリカで特許に関する印象的な出来事が2つ、相次いで起きた。1つは、7月23日に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)がステート・ストリート銀行事件に関してビジネス方法に特許性を認める判決を下したこと。もう1つは、10月6日にインサイト社が米国特許商標庁(USPTO)から遺伝子断片特許を付与されたたこと。以来、ビジネス方法とバイオテクノロジーを中心にUSPTOに対する特許出願が急増をみた。ビジネスの手法や遺伝情報には国際公共財としての性格があるので、その出願ブームとともに人類共通の利益と知識・情報の私有化との相克が深まることになった。 (2)近年における特許のバイオ研究への拡張は、希少資源の過少消費を意味する「反共有地の悲劇」(ヘラー=アイゼンバーグ論文、1998年)が起こりつつあることを示唆する。ゲノム創薬プロセスの上流における遺伝子特許の乱立は、遺伝子情報という基礎研究成果-以前ならパブリック・ドメインに置かれて誰もが自由に使えたであろう-の私有化によって、製薬会社によるそれらの利用を制限し、下流の診断・治療薬開発のコストを高め速度を遅らせることになろう。USPTOは特許プールの活用で問題を解決できると主張しているが、ゲノム創薬の領域では特許プールの効果は疑わしい。 (3)ステート・ストリート判決以降、ビジネス方法特許とくにEコマース特許の激増がみられた。この近年の特許洪水に伴って、幾つかの問題(質の低い特許、訴訟の増加、累積的革新の遅れ等)が生じた。USPTOはビジネス方法特許の質を向上させる諸措置(2003年のアクションプラン)を講じたが、より根本的な問題が残されている。最も重要なのは、今日のビジネス方法への特許保護が米国特許法の主目的である技術革新を促すよりもむしろ遅らせるものであり、ゆえに特許制度改革を具体的に構想するべきだということである。
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