まず、地域間競争の焦点となるロンドン市場についての分析を進めるため、ロンドン商人の研究動向についてサーベイし、ピューリタン革命にアメリカ植民地貿易商人が大きな役割を果たし、17世紀後半にはヨーロッパ貿易から大西洋貿易への移行が重要になることを確認した。ついで、ロンドンにおいて毛織物を扱うブラックウェル・ホールの代理商についてサーベイし、地方の織元との関係において18世紀初頭くらいまでは、地方の織元に主導力があり、信用の方向は地方織元からロンドンの代理商へと向かっていたが、18世紀後半には代理商が大規模化して毛織物の購入販売において主導権を握り、地方織元はその統制をうけるようになったことを解明した。これはとりわけイングランド西部の場合に著しく、北部をおいては希薄であって、北部の織元はロンドン商人から自立して地方貿易商や直輸出による輸出を行う方向へ向かったことを明らかにした。 さらに、近世イギリスの3大毛織物工業地帯のうち、今年度はイングランド西部に焦点をあて、織元の遺産目録や会計簿、織布工の遺産目録や賃金裁定などを検討し、織元は大規模な問屋制資本家であるばかりではなく、その消費生活がジェントルマン並みであり、また治安判事にすらなっており、まさに「ジェントルマン織元」であった。一方、織布工は織布専業であるとともに、独自の生活様式と慣行をもち産業的モラル・エコノミーの担い手であって、ジェントルマン織元の革新を阻む傾向が強く見られたことを明らかにした。またその流通面では、もっぱらロンドンの代理商に依存していたため、新市場開拓の機会が少なく、織元は高級品生産内部でいくつかの新製品を開発したが、大衆需要品の開発には及ばず、産業革命には遅れたことを明らかにした。来年度は北部、東部について検討したい。
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